






いつもの鮨屋に行く。
僕の好きなのは、御飯少なめのバラ散らし丼である。
白い酢飯の上に山盛りになった
細かく切ってバラバラに散らした刺身達。
見るからに旨そうである。
それを山葵醤油に付けて食べるのであるが、
まず日本酒で一杯やりながら
御飯の上の刺身をつまみに食べる。
御飯が見えて来る頃、丁度お銚子が一本無くなり
いよいよガツガツ食する。
これを淑やかに食べては何となく淋しい。
鮨屋に聞くと、バラ散らし丼とは賄い食であったらしい。
なるほど、お客に出せない所や残った物をぶつ切りにして
賄い食として出す。それが始まりらしい。
今日はその鮨屋のバラ散らし丼の話ではない。
2011年6月19日 テーブルセッティング (透明水彩 788mm×545mm)
本当に伊太利亜レストランで賄い食を食べよう、と言う話だ。
賄い食を食べるには、金が掛かる。
つまり通い通い詰めなければならない。
まずはワイン一杯くらいサービスしてもらい、
次に誰にも出さない、メニューに無い物を食べさせてもらい、
段々慣れて来て、そう、2年~3年通い詰めないと駄目。
ある時、通常はミラネーゼと言えばレモン、
ボロネーゼと言えばミートソース(日本風言い方)
をかけて食べるコトレッタ(簡単に言うと仔牛のカツレツ)に
何もかけずにペンネアラビアータを掛けて食したい
と言ったのが始まり。
これを食べている所を他のお客様に見せるわけにはいかないので
開店前に来て欲しい、と言われた。
当日、開店一時間前に店を訪ねた。
シェフ達が僕を待っていた。
さてこれは皆で食べよう、と仕事の前の賄い食となった。
これは旨い。薄い仔牛のコトレッタにペンネアラビアータ。
この旨さが忘れられず、また数回通常客で通い、
シェフの手の空くのを待つ。
この時とばかり、次はサルティンボッカにペンネアラビアータをお願いする。
名付けて「サルティンボッカ コン ペンネアラビアータ」。
2011年8月11日 テーブルセッティング2 (透明水彩 788mm×545mm)
「サルティンボッカ」とは、仔牛を薄く切り、薄く伸ばし
味付けは塩・胡椒に普通はサルビアが入る。
生ハムと仔牛でサルビアを挟み、小麦粉を塗し、溶き卵を付ける。
フライパンを高温に熱した状態に、油を薄く引いて、
そこに生ハムの面から押さえながら焼く。
それをサッサッとやらないと駄目。
その上にペンネアラビアータも同時に作り、掛ける。
まぁこのようなことばかりしていると、
通常の物が食べられないから、金が掛かってしょうがない。
しかし自分の頭で空想し、このような味になるのでは、
と思い作ってもらう。たぶんバラ散らし丼も・・・。
浅草で紙カツと言うのを食したことがある。
紙カツとは、豚を薄く叩いて揚げた物である。
これとコトレッタの作り方は似ていると思うが、
コトレッタに豚カツソースは嫌だ。
さて、この夢のような世界は終わりにしよう。
また我がままが出てきそうだ。
2011年6月26日 ヴィゴーレ (透明水彩 788mm×545mm)
もうすぐ春。
僕は毎年この寒い2月中に衣替えを終える。
何か心が浮き浮きするから、
冬物に充分なブラッシングをして、洋服箪笥に仕舞う。
節分には恵方巻を丸かぶりし
梅を眺め、春一番を感じ、雛祭り、散らし寿司、あられ、
蛤の吸い物、草餅、菜の花を楽しみ、
桜の咲くのを待つのである。
2月に春物を着るというのは少々寒く、
春のコートが必要である。
心は春だが、お腹にカイロも忘れない。
カフェに行くと、春色の薄いピンクのセーターに
髪には同色のリボン、
そして綺麗な色のショートブーツの女の子を見かけた。
暗いキャフェの中に花が咲いたようだ。
よく見ると、手に小振りのハンドバッグ!新鮮!!
最近、ハンドバッグ・バッグ等をカバンと言う若い人が多いが、
学生時代からの続き用語なのか、
せめてバッグ等と言ってもらいたい。
バッグには袋のような柔らかバッグと
堅いしっかりとした箱型の物があるが、
実は前者が袋物で、後者をカバンと呼ぶ。
同じバッグ屋の中でも、
工場、工程及び作る所までも違い、
確か職人も違うのだと思う。
まぁ堅い話はさておき、もうすぐ春ですね。
1月の巴里の朝は、8時だというのにまだ外は暗い。
ポールペンは部屋の暖かさで息を吹き返した。
あの東京の渋谷のホームがいかに寒かったかだ。
気温は0度位だっただろう。
今日着る予定の物を着て朝7時、
キャフェまで歩いてテストしたが、まず大丈夫。
カイロは暖かい。
さて、今日はポルトデゥベルサイユまで地下鉄で行かないと。
また昨年9月同様、1日15,000歩の世界が待っている。
歩いて歩いて歩き回るのだろう・・・。
物を見る、探す、と言うのは
未来を探しに行くようなもの。
楽しい未来があると良いのだが、ちょっと心配。
昨年の僕の頭は、ブーツアプレスキーしか興味が無かった。
これはスキーの後ホテルで寛ぐ時に履くブーツ。
でも日本では街履きとなるだろう。
さてさて、出発の時間だ。
昼食後、仕事仲間と別行動を取ることにした。
ポルトデゥベルサイユからサンミッシェルのホテルまでタクシーで向かった。
偶然なのだろうか、僕が昔住んでいたブルバードミュラを通り
セーヌの脇を走り、何度も通ったジュルダンの事務所の
アヴェニュー デゥ ニーヨークを通る。
今は何もなくなって、想い出だけが残されている街を通過していった。
もう、シャンゼリゼもフォーブールもマドレーヌの店も無い。
はるか遠い日の僕の想い出に「さよなら」を言った。
2011年1月30日 リュウデゥゼコールのアパルトマン (透明水彩 545mm×788mm)
※寒いので窓を少ししか開けないで描いた
2010年の9月は、猛暑の東京からヨーロッパであったが、
2011年1月は、極寒の東京から極寒の一週間の巴里・ミラノである。
記憶によると、巴里と札幌は同じ緯度ではないだろうか。
1月末の東京も寒いから、同じようなものか・・・。
さて、何を着ていけば良いか考え始めたのは、その年の1月1日からだ。
結論は「雪山登山スタイル」。
重ね着・重ね着で実に岳人になってしまった。
そして極寒の朝8時、東京を発つのに
渋谷駅の成田エクスプレスのホームには、いつもと同様30分前に着いてしまった。
ホームには冷たい風を防ぐ所もなく、
物陰に入ったり、階段の手すりに座ったり・・・。
とは言え、手すりに腰掛けこの原稿を書いているのだが、
寒いせいか、インクが薄れる。
もしかして、この愛用のペンのインクが無いのでは?
成田に着いたら買うことにしよう。
しかし寒い。
引き続き現行の執筆を託されたBICのポールペンも
インクの出が悪い。
本当に寒い。
手袋は二重である。
今日の出で立ちは、踝までの長いダウンコートに、
山用のポケットがいっぱい付いている黒のジャケット、
その下にダウンベスト、その下が真冬のトレーニング用の上下に
タートルにタイツ、靴はトレッキング用、
そして深いニット帽だ。
ここで再び「達磨さん族」になってしまったことを
お許し願いたい。
僕は大人数の食事会は好きではない。
その食事会を4つに分けると、
「立食」「座食」「人数食」「香食」である。
「立食」は人数が多ければ多いほど
服を他人の皿から垂れる汁で汚される危険度が増す。
給仕係の配膳時や、飲み物・皿の後処理。
ちょっと体が傾くと、皿のソースが垂れてきそう。
僕は立食する時は、どんぶり皿を貰う。
そうすると、人に垂らすことは少ない。
また、パスタを食べる時はチャーハンやリゾットを混ぜる。
すると幾分パスタソースの跳ねを減できる。
大人数の旅館の座る食事も
苦手、と言うより大嫌いだ。
大人数故、料理は冷め、まずいし
何よりも僕は正座が出来ないし。
アグラをかくと、後ろに引っくり返るからだ。
人数食。テーブルに座り、鍋でも・・・。
しかし、人のお酒の心配をしなくてはいけないし
食べる物の取り分にも気をつかうし、これも駄目。
香食は絶対に着替えてから行く。
洋服に臭いが付いたらたまったものではない。
焼肉屋、焼鳥屋、鰻屋・・・。
そして最後、二次会はカラオケ。
これは絶対に嫌だ。
指の細いピアニストかギタリストが弾いてくれるならまだしも
僕にとって論外な世界だ。
酔う事、酔わせる事、何の楽しみがあるのだろう。
クニさん、トメさん達のハプニングスフォーの「そっとおやすみ」をBGMにして
早く家に帰ることにしよう。
意味が分からないかも知れないが、ツウィードは
山人のダウンスタイルからの変化かも知れない。
基本的にはツウィードは街で着る物ではなく
カントリーで着る物と信じてやまないのだが。
数年前ナポリの仕立屋で、自転車に乗る為のジャケットを作った。
ラッキーなことに、そこの店主も自転車乗りであった。
背中は前より丈がやや長く、動きやすくギャザーが入っている。
さて、僕はどのようなスタイルで自転車に乗るかと言うと、
まずその自転車には前後に泥除けが付いて、
フロントバッグを乗せるキャリアとサドルバッグが付く。
フロントとサドルバッグは、
壊れてしまった塩化ビニールのブランドのバッグを修理し
そして新たに手直しして作った。
自転車の名称は「スポルティフ」タイプだ。
出で立ちは、そのツウィードのジャケットに帽子を被り
安全の為、革のカスクを上から被る。
パンツは、ヘリンボーンの厚地のニッカーボッカーに
アーガイルのロングホーズのソックス、そして
クラシックな革の自転車の靴、手袋もクラシック革物。
眼鏡から、何から何までクラシックだ。
ジャケットはもう1つ、ハリスツウィードのノンフォークジャケットがあるが
やはり自転車に乗る為にオーダーした物の方が着易い。
さて、ある店でそのようなスタイルで
自転車に乗り街を走る、というイベントの実施が考えられていたが
残念ながら流れてしまった。
最近になって、以前はダウンばかりだった若者たちの間で
ツウィードが流行っているようだが、
やはり平日は、仕事でウールにペンシルストライプのスーツに
傘とバッグを持つスタイルで、土・日はカントリーに行き
ツウィードを着て、狩り・釣り・サイクリングを楽しむ
といった方がお洒落だ。
もちろんポケットにはスコッチを入れたスキットルを持ち
寒さをしのぎたいもの。
さてさて、ダウンベストの山人スタイルは
どのようなカントリー人に変化していくのだろう。
楽しみだ。
50年代、ふと大昔に見た「アメリカン グラフィティー」という映画を想い出した。
男はTシャツにデニム、袖にタバコの箱を巻き入れていた。
髪はリーゼント。そして女の子はポニーテール。
フワァッとしたミディー丈のスカート。
靴は男も女もスニーカー。そして、集合場所はハンバーガー屋。
乗る車は改造のホットロッド。音楽はビーチボーイズ等々。
そしてダンスはツウィスト、その合間にチークの曲が入る。
それは「青い影」だったか・・・。
巴里ではブルゾンノアールなんて呼ばれていたが、
共通の人々を指すのかどうか分からないし、
この時代のファッションは個人的には好きではない。
まだ、ファッションが米国では生まれたて、
ヨーロッパとは全然違う世界だ。
ヨーロッパはオートクチュール、
米国の大人はプレッピーが社会用のスーツに変化しただけ。
何故この時代のことを今日は書いてしまったのかと言うと、
街でその時代のスタイルの女の子を見たからだ。
その娘の頭に、あの曲達が流れているかどうかは定かではない。
永山藍氏 アート展示
ダイアナ原宿店 2階 「Cafe de Diana GALLERY」にて
1/12(木)~2/14(火) 11:00~20:00 展示致します。
※最終日は17:00までの展示となります。
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プロフィール
2010年 トムスサンドウィッチ(代官山)にて展示
2011年 トムスサンドウィッチ(代官山)にて展示
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ゆったりと心を休ませたいときは、
「カフェ・ド・ディアナ・ギャラリー」にお立ち寄り下さい。
展示作品は一般から随時募集された新鮮な絵画たち。
香り立つコーヒーと様々なアーティストの絵画が
ほっとする空間を醸し出します。
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【Address】
東京都渋谷区神宮前1-8-6
ダイアナ原宿店 2階
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【アーティスト募集】
プロ・アマを問わずアートを志す方に、
ダイアナ原宿店2F カフェ ド ディアナ ギャラリーを
展示会場としてご利用いただけます。
詳しくは販売促進課「カフェギャラリー係」(TEL:03-3479-8010)まで
お尋ねください。
最近、街やテレビ(僕はあまりテレビを見ないが)で
蝶ネクタイをしている若者を見る。
大半が結ぶ物ではなく、結ばれた出来合いの蝶に
ベルトをフックのような物で掛けるタイプで、非常に残念である。
日本語で蝶ネクタイ、フランス語でパピヨン(蝶)、英語でバタフライ(蝶)で、
蝶と表現するのは世界共通のようだ。
僕は長年していた通常のネクタイに飽きて、
だいぶ前から蝶ネクタイを結んでいる。
結んでいるから綺麗なのであり、
既に製品化され結ばれている物とは違う。
もちろんネクタイも同様、前日の風呂上りに手の指先にクリームを塗り、
次の日の朝、手の指がガサガサでタイに傷を付けないように気を遣う。
結び方は色々な本に出ているから参考にしてもらうとして、
楽しいのは「結ぶ物」だ。
例えば冬などはタートルネックに結ぶ。これは暖かい。
しばらく自分の趣味で、タートルに蝶ネクタイを好んだ。
好きなブランドに、フランスの「シャルベ」がある。
そのタイは、右と左が真ん中からフックで分かれるようになっている。
故、左右違うタイと、柄違いで組み合わせて楽しんでいる。
ネクタイ同様、冬はウール物素材、そしてオーソドックスなシルク、
夏用の綿物、とあるが、最近夏は暑いので敬遠している。
今日は何を言いたいかというと、ファッションで蝶ネクタイをするのなら、
せめて結ぶ楽しみを味わってもらいたい。
ファッションってそれほど難しく、その難しさが楽しく、
次に工夫が生まれ、またそれを人に見せて楽しむ物なのです。
マドリッドで最後の仕事。
フェアはミラノよりのんびりしている。
だが、いつものように会場を歩き回る。
まるでトレーニングをしているかのように。
この旅ももうすぐ幕が落ちる。
日本に帰ってからの仕事のことは、今考えるのはやめよう。
とにかく久々のヨーロッパ、そしてまた明日は「待つ」との戦い。
今回は巴里経由で、シャルルデゥゴールで乗り継ぎ、
5時間の長い「待つ」がある。
「待つ」が好きであっても、これはちょっと長過ぎ。
気が向いたら、また「待つ」を書くことにしよう。
旅は自分も待つが、待つ人もいる。
その待つという時間を、どれだけ自分流に楽しめるか、
それが人生のような気がする。
さて、5時間の「待つ」は、どのような時間になるのだろう。
空港にて 赤いセーターの女の子(272mm×383mm)
どうも最近「プレッピー」という言葉を耳にするが
これは60年代のアイビースタイルと同じかな。
ただファッションの名前を変えて新鮮さを出す
いつもの事か、と思っていた。
ある暇な時に辞典をパラパラ見ていると
ふとその言葉を思い出し、調べたくなって「プレッピー」を見た。
それは米国で、大学進学の為の私立学校(プレパラトリースクール)の生徒
または卒業生の俗称、さらに服装や態度が彼らに似ている若者達も指す。
さらに下を見ていくと、「プレッピールック」というファッション用語が出ている。
プレッピーが好んで身に付ける服装、
飾り気のないプリーツスカートにジャケットの組み合わせ、など。
すると矢印で「アイビースタイル」とある。
調べると、男物の説明で
直線的なダブッとした、あの3つボタンとか4つボタンのダブルとか、
細いズボン等と書かれていた。
やはり60年代のそれと同じことなのか・・・。
三省堂「現代外来語辞典」に感謝だ。
やはりファッションの世界に居ると、
手を変え、品を変え、名称を変え、と言うことなのだろうか。
このプレッピーという大学進学学校とは
どのような学校なのだろう。
規律が厳しい学校で、生活・エチケット等も教えるのだろう。
そうか。魔法の世界で言うなら「ハリー・ポッター」が通っていた
全寮制の学校かも。
やはり近年の日本のような
学生服の無くなりつつある世界は
ファッションの中に規律を作らないと乱れていくのだろう。
だからスタイルという言葉が生まれてくるのだ。
ひょんなことから、マドリッドでの空き時間。
「待つ」と「空き」の時は正反対。
通常ならばのんびりとしたいところだが
ピカソの「ゲルニカ」の絵が気になる。
数人と近代美術館に急いで行ってみる。
「待つ」とは逆の、時間の無い時。
良かった、館は開いていた。
時間の関係で、すぐにピカソの絵の前に・・・。
見ているだけでパワーを感じる。
「爆撃の絵」と言われなくても、何か恐ろしさを感じ、
絵の前から離れたくなる。
体のパワーが抜かれていくようだ。
この絵だけは、静止の状態でも動いているように見える。
パワーに負けそうなので、早々に退出し
まだ時間があるので別の部屋を覗いたら
あの米国の9・11の時の
世界の新聞を集めた場所があった。
再びあの映画のような場面が想像出来る。
あの事件から世界が変わったような気がする。
あの時から10年経った今でも、
何かが今生きている者達に影響を与えているようだ。
早く帰ろう。明日は待つ旅だ。
2010年10月10日 マドリッドの飛行場 (透明水彩 788mm×545mm)
お正月、アトリエや会社に居ると
毎年1月の5日くらいになれば取引先が年始の挨拶にやって来る。
この時に、多くの人が年賀の薄いタオルを持って来てくれる。
今年もきっと持って来てくれるだろう。
僕はその沢山のタオルの中から十数枚入手し、家で使う。
洗面台、キッチン、体を風呂で洗う時も使用する。
汚れたら洗濯機で洗う。
それを繰り返し行っていくと、
柔らかだったタオルがザラザラに硬くなってくる。
この1年、十数枚のタオルを繰り返し使っていく。
取っ換え引っ替えよく使用するので、年の暮れにはザラザラな
水分をよく吸い取るタオルが出来上がる。
それをハサミで半分に切る。この作業が大変だ。
床に散らばったタオルの屑の掃除が面倒臭いが、
沢山の半分に切れたタオルが出来る。
これを紙袋にきちんと詰め、納戸にしまいに行くのだが、
そこで前年作ったタオルが入った袋と交換する。
そのタオルは、今年一年絵を描く時の雑巾として使用し、
生涯を終えるのである。
どうもありがとう。
今年も大掃除の時期がやって来た。
人に話を聞くと、8月に実施する人も居るそうだ。
何故なら、寒くないし、水も冷たくない。
これは名案!!
つまり今年末はしないで、来年8月に実施。
悪くないねぇ。
すると、何もせずに今年はイタリアンへ直行、ということかな。
店が開く時間まで、知人宅を見学に行った。
彼の姿を見て驚いた。
着物にたすき掛け、ニット帽を被り
右手に箒、そして左手はたすきに。
勇ましい姿だ。
次に箒を肩に掛け、いざ掃除かと思いきや
右手で箒を側に立て、まあ後ろ姿は出陣か、と思う。
気合いが部屋一杯走る。
彼は僕の方に振り向くと、ニコリと笑みを浮かべ
「ムッシュー、お昼は何を食べるの?」と聞く。
僕は掃除はよいのかと聞くと
「この気合いで埃を吹き飛ばした」と言う。
やれやれ、ここにも僕のような人が居る。
そうだ、8月大掃除の話も教えてあげよう。
それより早く、パスタパスタ。
またこのように今年が終わるのであった。
昨日はイベリア航空とエールフランスの共同運航便で
エールフランスがスト、イベリア航空のみの運航となったが、
エールフランスが無いとコースが違う。
何故かアフリカの上を飛んで、通常2時間のところ4時間も掛かってしまった。
また「待つ」の繰り返し。
そしてスペインの夜、レストランが開くのが8時半、という事には驚いた。
食事が終わってすぐに床に就いた。
僕は常に、寝ている時は窓を少し開けるのだが
騒音がうるさくて、珍しく閉めてしまった。
朝5時、外の空気が欲しくて窓を開けたら
人々の騒ぐ声に車、パトカーとすごい音だ。
巴里の朝は水の流れる音、ほうきで掃く音、話し声で目が覚め
ミラノではゴミ処理車の音で夜に何度か起き
朝教会の鐘の音で目を覚ますのだが、
この街は、雑音以外耳に入って来ない。
今夜は最初から窓を閉めて眠ることにしよう。
9月のスペインはまだ暑かった 街の人のデッサン(272mm×383mm)
長いダウンのコートを着ると、まるで達磨さんのように見える、ということから
この研究が始まった。
一つお決まりのダウンコートさえあれば
一冬それで越して、クリーニング店に出せば済む。
確かにウールのコートを次の日ブラッシングして
洋服タンスにしまう作業は、現代においては大変面倒臭い事である。
スウェードは特に念入りなブラッシングが必要だし、
カシミア等はカシミア専用のブラシでなくてはならない。
ダウンのコートはシルエットの問題、そればかりではなく
やはり、時、場所、状況により着こなすのがお洒落ではないだろうか。
これは来年の秋冬のテーマにしよう。
9月はこの薄いコート、10月は、11月は・・・
と楽しむのがお洒落者。
とは言え、来年からの実施だと思い、
お腹が空いたので近くのパスタを食しに行こう。
この着ている物の上からダウンを羽織れば・・・。
この安易な発想がいけない。
ただし、僕の今のスタイルは、赤のタートルに501のデニムだが。