旅 (2011年1月記) 2
1月の巴里の朝は、8時だというのにまだ外は暗い。
ポールペンは部屋の暖かさで息を吹き返した。
あの東京の渋谷のホームがいかに寒かったかだ。
気温は0度位だっただろう。
今日着る予定の物を着て朝7時、
キャフェまで歩いてテストしたが、まず大丈夫。
カイロは暖かい。
さて、今日はポルトデゥベルサイユまで地下鉄で行かないと。
また昨年9月同様、1日15,000歩の世界が待っている。
歩いて歩いて歩き回るのだろう・・・。
物を見る、探す、と言うのは
未来を探しに行くようなもの。
楽しい未来があると良いのだが、ちょっと心配。
昨年の僕の頭は、ブーツアプレスキーしか興味が無かった。
これはスキーの後ホテルで寛ぐ時に履くブーツ。
でも日本では街履きとなるだろう。
さてさて、出発の時間だ。
昼食後、仕事仲間と別行動を取ることにした。
ポルトデゥベルサイユからサンミッシェルのホテルまでタクシーで向かった。
偶然なのだろうか、僕が昔住んでいたブルバードミュラを通り
セーヌの脇を走り、何度も通ったジュルダンの事務所の
アヴェニュー デゥ ニーヨークを通る。
今は何もなくなって、想い出だけが残されている街を通過していった。
もう、シャンゼリゼもフォーブールもマドレーヌの店も無い。
はるか遠い日の僕の想い出に「さよなら」を言った。
2011年1月30日 リュウデゥゼコールのアパルトマン (透明水彩 545mm×788mm)
※寒いので窓を少ししか開けないで描いた



























